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分子病態学研究グループ

新着情報

2014年7月

大野美紀子が第35回日本循環制御医学会総会で会長賞最優秀賞を受賞しました。
大野美紀子が第35回日本循環制御医学会総会で発表し、会長賞最優秀賞を受賞しました。

2014年5月

西清人、西城さやかが第61回日本生化学会近畿支部例会で発表し、西清人が優秀発表賞を受賞しました。

西英一郎が中国ハルビンで行われたInternational forum on pig thermogenesis and fat development にて招待講演を行いました。

京都大学大学院消化器内科 妹尾浩先生グループとの共同研究で、西英一郎が共責任著者の論文 ”Deletion of nardilysin prevents the development of steatohepatitis and liver fibrotic changes” がPLOS ONE誌に掲載されました。

2014年4月

西清人が米国コロラド州で行われたKeystone Symposia (Emerging concepts and targets in islet biology)でポスター発表を行いました。

2014年3月

西清人、西城さやか、坂本二郎が第78回日本循環器学会総会で発表しました。

2014年2月

平岡義範(現神戸学院大学薬学部)、松岡龍彦(現関西電力病院)が筆頭著者、西英一郎が責任著者の論文 ”Critical roles of nardilysin in the maintenance of body temperature homeostasis” がNature Communications誌に掲載されました。京都大学のホームページに掲載されています。また、この研究成果は京都新聞(2月7日 25面)、日刊工業新聞(2月5日 21面)および日本経済新聞(2月5日 38面)に掲載されました。

大野美紀子が筆頭著者、西英一郎が責任著者の論文 ” Nardilysin prevents amyloid plaque formation by enhancing a-secretase activity in an Alzheimer’s disease mouse model” がNeurobiology of Aging誌に掲載されました。

当研究室の概要

京都大学循環器内科 分子病態学研究グループ 西英一郎研究室のホームページへようこそ。

私たちはナルディライジンという分子の研究を通して、様々な生命現象や疾患メカニズムの解明に取り組んでいます。ナルディライジンは、もともとグループリーダーが増殖因子の受容体として同定したメタロプロテアーゼの1種でしたが、その後の研究から、細胞外ドメインシェディングを増強する機能、核内での転写制御機能など、局在に応じた多機能性を有するユニークなタンパク質であることがわかってきました。遺伝子改変マウスや臨床検体の解析から、多彩な生理機能、疾患における重要性も徐々に明らかになってきており、循環器系はもとより、神経系、代謝内分泌系からがんに至るまで、エキサイティングなことは何でもやることをモットーに一同頑張っています。詳しくは研究内容をご覧下さい。

 

所属者

  • syuugou.jpg <西グループメンバー>
  • 西 英一郎   (特定准教授)
  • 大野 美紀子(特定助教)
  • 西 清人      (研究員)
  • 西城 さやか(研究員)
  • 坂本 二郎  (大学院生)
  • 陳 博敏   (大学院生)
  • 森田 雄介  (大学院生)
  • 松田 真太郎(大学院生)
  • 岩井 裕美  (技術補佐員)
  • 島田 佳奈  (技術補佐員)
  • 笠井 洋祐 (肝胆膵移植外科大学院生)
  • 藤井 貴之  (整形外科大学院生)
  •                                藤原 直樹 (医学部学生)
  •                              若見 達人   (医学部学生)
  •  
  • <旧メンバー>
  • 平岡 義範 (神戸学院大学薬学部)
  • 松岡 龍彦 (関西電力病院)
  • 西本 尚子 (京都大学大学院医学研究科 病態生物学 松田研究室)
  • 吉田 和弘 (脇坂循環器内科医院)
  • 鳥口 寛   (肝胆膵移植外科研究生)
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研究内容

はじめに

私たちはナルディライジンという分子の研究を通して、様々な生命現象や疾患メカニズムの解明に取り組んでいます。ナルディライジンは、もともとグループリーダー(西 英一郎)が増殖因子の受容体として同定したメタロプロテアーゼの1種でしたが、その後の研究から、細胞外ドメインシェディングを増強する機能、核内での転写制御機能など、局在に応じた多機能性を有するユニークなタンパク質であることがわかってきました。ここでは、我々の研究の歴史と進行中のプロジェクトについて概説します。

目次

1) ナルディライジンの発見

2) ナルディライジンの細胞外ドメインシェディング活性化機能

3) ナルディライジンの生物学的機能と病態生理学的意義

3)-1:神経系発達におけるNRDcの役割

3)-2:アルツハイマー病におけるNRDcの役割

3)-3:体温恒常性維持機構におけるNRDcの役割

3)-4:糖尿病、メタボリック症候群におけるNRDcの役割

3)-5:循環動態制御におけるNRDcの役割

3)-6:心疾患におけるNRDcの役割

3)-7:がんにおけるNRDcの役割

3)-8:炎症性疾患におけるNRDcの役割

4) ナルディライジンの多機能性

5) おわりに

 

1) ナルディライジンの発見

グループリーダーは、京都大学老年科大学院(注1)で、動脈硬化におけるTリンパ球の役割に関する研究を行い、その過程でヘパリン結合性EGF様増殖因子(HB-EGF)という増殖因子の仕事をしました。その縁で、HB-EGFを精製同定した研究室に留学(注2)することになり、HB-EGFの新規受容体同定を目標に実験を開始しました。HB-EGFの既知のシグナリング受容体はEGF受容体(EGFR/erbB1)でしたが、EGFRには少なくとも7種類以上のEGFファミリー増殖因子が結合することがわかっていたため、HB-EGFの特異性がEGFR以外の共役受容体的分子で説明できる可能性があるのではないかと考えたからです。

放射性ヨード標識したHB-EGFを、様々な細胞表面にクロスリンクさせてみたところ、神経細胞や乳がん細胞表面で、EGFRとの複合体とは明らかに分子量の異なる複合体が検出されました。この複合体はEGFRやそのファミリー分子に対する抗体では免疫沈降できなかったことから、新規受容体との複合体である可能性があると考え、チューブ内クロスリンクによる複合体形成を指標として、タンパク質生化学的に精製を試みました。その結果、ナルディライジンの同定に至ったのですが、細胞表面上でHB-EGFと特異的に結合する分子として同定したにもかかわらず、ナルディライジンは膜貫通ドメインのない可溶型のメタロエンドペプチダーゼ(図1)でした。ナルディライジンに明らかなシグナル配列はなく、主に細胞質に存在しますが、非古典的分泌経路を通って細胞外にも分泌され、一部は細胞表面に留まります。この細胞表面のナルディライジンがHB-EGFと強固に結合していたのです (Nishi他 EMBO.J, 2001)。

注1:北徹先生(現神戸医療センター中央市民病院院長)、久米典昭先生(現神戸学院大学薬学部教授)に師事。

注2:ハーバード大学小児病院 Michael Klagsbrun研究室:当研究室留学中にHB-EGFを同定された東山繁樹先生(現愛媛大学医学部教授)にご紹介頂きました。

 

(図1)

Nardilysinのサムネール画像

2) ナルディライジンの細胞外ドメインシェディング活性化機能

膜近傍部でのタンパク分解により、膜タンパク質の細胞外ドメインが不可逆的に切断される現象を、細胞外ドメインシェディング(以下シェディングと略します)といいます。増殖因子やサイトカインの前駆体、様々な受容体や接着分子、さらにNotchやアミロイド前駆体蛋白質(APP)など、多岐にわたる膜タンパク質がシェディングによる制御を受けており、ADAM (a disintegrin and metalloprotease) プロテアーゼをはじめとして、MMPファミリー分子やBACE1など様々な酵素群が“シェデース“(切断酵素)として報告されています。

HB-EGFを含むEGFファミリー増殖因子は全て、膜タンパク質前駆体として産生され、シェディングを受けて分泌型(活性型)になります。もともとナルディライジンは分泌型HB-EGFの受容体として同定したのですが、その後の研究から、HB-EGFの膜タンパク質前駆体にも結合し、さらにそのシェディングを増強することが明らかになりました(Nishi他 JBC, 2006)。NRDc自身もプロテアーゼ活性を有しますが、シェディング増強効果は同プロテアーゼ活性に依存せず、ADAMプロテアーゼの活性化を介して発揮されることがわかりました。さらに、NRDcのシェディング増強効果はHB-EGFに限定されず、アミロイド前前駆体蛋白質、TNF-αなど広範な膜タンパク質に及ぶことがわかりました(Nishi他 JBC,2006,Hiraoka他 J.Neurochem,2007,Hiraoka, Yoshida他BBRC,2008)。

私たちの実験結果をもとに、シェディングの活性化における『NRDc-ADAMsシステム仮説』、すなわち、シェディング誘導因子の刺激により①『NRDcの細胞膜上への移動』が起こり,②『ADAMsと結合』することで、③『ADAMsのコンフォメーション変化による酵素活性の増強』を起こし,その結果④『基質膜蛋白質の細胞外ドメインシェディングの増強』を誘導するというシステム仮説を提唱しています(図2)。

 

(図2)

シェディング

 

詳細は次項で述べますが、NRDcの遺伝子改変マウスを用いた検討から、NRDcがin vivo(生体内)においても、シェディング調節において重要な役割を果たしていることがわかってきました。

 

3) ナルディライジンの生物学的機能と病態生理学的意義

3)-1:神経系発達におけるNRDcの役割

NRDc欠損マウス(神戸理研との共同開発)の作製は、私たちの研究の進展に大きく寄与しました。NRDc欠損マウスは出生時から明らかに体が小さく、生後の成長遅延も認めました。一見したところ、体が小さい以外は運動や摂食に大きな異常はなさそうでしたが、尾懸垂試験にて異常反射を認めたことから脳を観察したところ、大脳皮質の著明な菲薄化を認めました。詳しく調べてみると、神経細胞の数が減少しているのではなく、神経細胞体から伸びる軸索が細く、かつ軸索をくるんでいる髄鞘の厚みが薄いことがわかりました。この表現型は中枢神経系だけではなく末梢神経系でも認めたことから、NRDcが神経軸索の成熟と髄鞘形成を制御する重要な因子であることがわかりました。さらに、NRDcがニューレギュリン(EGFファミリー増殖因子)のシェディング調節を介して髄鞘形成を制御していることを明らかにしました(図3)。この神経系の表現型に関する論文は2009年にNature Neuroscience誌に報告し、日本経済新聞(11月23日朝刊12面)、読売新聞(11月23日朝刊2面)、毎日新聞(11月23日朝刊2面)、産経新聞(11月23日朝刊2面)、京都新聞(11月23日朝刊26面)、日刊工業新聞(11月23日朝刊15面)をはじめとする多くの新聞でも取り上げて頂きました。

(図3)

Myelination

 

3)-2:アルツハイマー病におけるNRDcの役割

アミロイド前駆体タンパク質(APP)は異なるセクレターゼにより3カ所(α、βは細胞外ドメインシェディング、γは膜内切断)で切断されますが、アルツハイマー病の原因と考えられているアミロイドβは、βおよびγセクレターゼで切り出されます。一方、αセクレターゼはアミロイドβをその中程で切断することで、同産生を抑制すると考えられています(図4)。主たるαセクレターゼはADAMプロテアーゼであることが報告されていることから,我々はNRDcがαセクレターゼを活性化してアミロイドβの産生を抑制するのではないかと考え、細胞レベルで検討したところ、予想通りの結果が得られました(Hiraoka他J.Neurochem,2007)。次に、神経細胞特異的NRDcトランスジェニックマウスとアルツハイマー病モデルマウスとの交配実験を行ったところ、マウス個体レベルにおいても、NRDcがAPPのα切断増強を介してアミロイドβの産生を抑制することがわかりました(図4)。この結果は、NRDcがαセクレターゼ活性制御に重要な因子であり、アミロイドβ代謝制御、アルツハイマー病の病態生理に関与する可能性を示唆しました(Nurobiology of Aging, 2014)。

(図4)

AD

3)-3:体温恒常性維持機構におけるNRDcの役割

NRDc欠損マウスは、野生型マウスと比較して常温で体温が1.5℃程度低く、低温環境(4℃)では体温が何と10℃台まで低下してしまいます(図5)。正常なマウスは、低温環境におかれると、熱放散を抑制するために皮膚血管を収縮させ、同時に主たる熱産生臓器である褐色脂肪細胞(brown adipose tissue, BAT)における熱産生のスイッチをオンにします。NRDc欠損マウスのBATを解析した結果、意外なことに常温でのBAT熱産生はむしろ亢進していましたが、寒冷負荷による熱産生スイッチが入らないことがわかりました。

(図5)

UCP1

詳細な検討から、NRDcは、①BATにおける熱産生、②皮膚血管における熱放散、さらに③中枢性体温セットポイント調節を、それぞれ独立に制御することで体温恒常性を維持していることがわかりました。

BATにおける熱産生は、ミトコンドリア脱共役タンパク質(UCP1)が担っており、UCP1の転写調節にはPGC1αという転写コアクチベーターが重要であることがわかっていました。我々は、核内でNRDcがUCP1の転写エンハンサー領域に存在し、PGC1αとの直接結合を介して、その転写コアクチベーター活性を制御し、その結果UCP1の発現を調節していることを明らかにしました。後述するように、2012年にNRDcがヒストンに結合して転写調節に関わることを報告しましたが、この仕事で、NRDcの核内機能がin vivoでも重要な役割を果たしている可能性を示唆することができました。

この仕事はNature Communications誌に報告し、新聞でも報道されました

 

3)-4:糖尿病、メタボリック症候群におけるNRDcの役割

NRDc欠損マウスは、やせや血清中性脂肪の低下など、メタボリック症候群と対称的な表現型を呈します。一方NRDcがインシュリン分泌制御に極めて重要な役割を果たすことも明らかになりました。膵β細胞、肝臓それぞれで特異的にNRDcを欠損したマウスを用いて、糖脂質代謝におけるNRDcの役割をさらに明らかにしようとしています。

 

3)-5:循環動態制御におけるNRDcの役割

NRDc欠損マウスは、徐脈、低血圧を呈します。にもかかわらず、血清カテコラミンは高く、交感神経活動は亢進していることがわかりました。さらに、心臓における交感神経終末の分布パターンが大きく変化していることもわかり、NRDcが循環動態の恒常性維持にとても重要な役割を果たしていることがわかりました。心筋と交感神経それぞれ特異的にNRDcを欠損するマウスを作製することで、NRDcの役割をさらに明らかにしようとしています。

 

3)-6:心疾患におけるNRDcの役割

我々が、三洋化成株式会社、ミクリ免疫研究所株式会社と共同開発した高感度NRDc測定系を用いて検討したところ、急性冠症候群やたこつぼ心筋症患者の血清NRDcが有意に上昇していることがわかりました。これらの疾患バイオマーカーとしての有用性を明らかにするとともに、心筋特異的NRDc強発現あるいは欠損マウスで心筋梗塞、心不全モデルを作製し、心疾患におけるNRDcの病態生理学的意義を明らかにしようとしています。

さらに、NRDcの血中濃度と血中自己抗体の解析を組み合わせることで、急性冠症候群(ACS)を、その発症前に予知することができないか、という課題に取り組んでいます。初回の抗原曝露後の抗体産生には2週間以上かかることから、ACS発症後早期に上昇している自己抗体は、発症前から出現していたはずであり、自己抗体をスクリーニングすれば予知マーカー探索が可能になると考えられたからです。本プロジェクト(千葉大学遺伝子生化学 日和佐先生との共同研究)は厚生労働省科学研究費に採択していただき、実地臨床で役立つ予知マーカーの開発に取り組んでいます。

 

3)-7:がんにおけるNRDcの役割

前述した高感度測定系で検討したところ、NRDcはいくつかのがん患者血清中で有意に上昇していました。消化器内科の妹尾先生グループとの共同研究にて、NRDcの発現が胃がん病変部(切除標本)で増加していること、胃がん細胞株でNRDcの発現を抑制すると細胞増殖が抑制されること、を明らかにしました。分子メカニズムとしては、NRDcが炎症性サイトカインTNF-αのシェディング増強を介して、その下流のインターロイキン6発現を誘導し、胃がん進展に寄与していることが示唆されました(図6)(Kanda他 EMBO Mol Med, 2012)。

(図6)

胃癌

その後、NRDc欠損マウスが複数のがんモデルにおいて著明な発がん抵抗性を有することが明らかになっています。学内では、消化器内科、肝胆膵移植外科、泌尿器科、乳腺外科の先生方にもご協力いただき、それぞれの領域におけるNRDcの重要性を検証しようとしています。本プロジェクトは文部科学省の次世代がん研究シーズ戦略的育成プログラムにも採択され、NRDcを標的とする新たな抗がん療法開発を目指しています。

 

3)-8:炎症性疾患におけるNRDcの役割

がんや生活習慣病の病態基盤として、慢性炎症が重要な役割を果たすことが明らかになってきています。これまで述べてきたように、NRDcは炎症性サイトカインTNFαや増殖因子HB-EGFの活性化に関与しており、炎症制御に何らかの役割を果たす可能性があります。

消化器内科の妹尾先生グループとの共同研究において、マウス非アルコール性脂肪性肝炎(NASH)モデル(コリン欠乏食、高脂肪食)を用い、NRDc欠損マウスは野生型マウスと比較して、脂肪肝になりにくく、肝機能障害、肝線維化の程度は軽度であることを明らかにしました(図7)(PLOS ONE, 2014)。

(図7)

IBD

その他、動脈硬化、慢性関節リウマチ(整形外科 伊藤先生グループとの共同研究)におけるNRDcの役割についても研究を進めています。

 

4) ナルディライジンの多機能性

前項でざっと掲げたように、NRDc欠損マウスは成長障害、軸索・髄鞘低形成、低体温、徐脈、低血圧、糖脂質代謝異常、がん・炎症抵抗性、など極めて広範な表現型を呈しました。これまで、表現型から類推される分子メカニズムにおけるNRDcの役割をひとつひとつ確認するという作業を行い、例えば髄鞘形成におけるニューレギュリンのシェディング調節や、BAT熱産生におけるUCP1発現調節におけるNRDcの重要性を明らかにしました。

ノックアウトマウス作製前にわかっていた細胞外機能(細胞外ドメインシェディング活性化機能)については、ニューレギュリン、APP、TNFαなどのシェディングを介してin vivoでも重要な機能を果たしていることがわかりました。

一方、NRDcが核と細胞質をシャトリングすることはずっと前からわかっていたのですが、その核内における機能は、ふたつの独立した実験系から漸くその一部が明らかになってきました。

ひとつは、East China Normal UniversityのWong博士との共同研究で、NRDcがヒストンにその修飾依存的に結合すること、すなわちH3, H3K4me1-3, H3K9me1-3, H3K27me1-3の中で,H3K4me2に特異的に結合することがわかりました。さらに核内でNRDcと複合体を形成するタンパク質を解析したところ,NCoR, HDAC3, SMRTが同定され、NRDcがNCoR/SMRTコリプレッサー複合体に含まれている可能性が示唆されました。実際に複数の遺伝子プロモーター上にNRDcが存在して、その転写を制御していることがわかりました(Lin他 JBC 2012)。

もうひとつは、NRDc欠損マウスの低体温と寒冷不耐性の表現型に端を発した系です。詳細な解析から,NRDc欠損マウスが体温を保持できないのは、BATにおける熱産生が常温ですでにピークに達しており、寒冷負荷時に亢進しないためであることがわかりました。先述したとおりBATにおける適応熱産生は、ミトコンドリア脱共役タンパク質(UCP1)に依存しており、UCP1の発現は、転写コアクチベーターPGC-1αの制御を受けています。NRDcはUCP1の転写エンハンサー領域に存在しPGC-1αと共在し、常温ではPGC-1αの転写コアクチベーター活性を抑制しています。低温では、何らかの機序によりNRDcがPGC-1αと解離し、UCP1発現上昇、熱産生誘導につながります。一方NRDcが欠損していると、低温で起こるべき誘導がかからず、体温維持に必要な追加の熱産生が起こらないことが示唆されました(図8)(Nat. Commun. 2014)。

(図8)

体温

ヒストン結合能と転写調節機能との関係はこれから明らかにしなければいけませんが、以上の結果はNRDcが転写コアクチベーター、コリプレッサー複合体双方に結合可能な、転写のスィッチングに関わる分子である可能性を示唆しています。

以上からNRDcが細胞外と核内で全く異なる機能を有することが明らかになりました。さらに他のグループからNRDcのプロテアーゼ機能が、細胞傷害性T細胞における抗原プロセッシングに必要であることが報告されており(Nat Immunol 2011)、NRDcが局在依存性に異なる機能を持つ多機能タンパク質であることが示唆されています(図9)。

(図9)

多機能性

今後は、臓器特異的NRDc欠損マウスや、特定の機能を欠損する変異型NRDcノックインマウスを用いて、「どの臓器に発現するNRDcの、どの機能が重要なのか」を明らかにしていきたいと考えています。

 

5) おわりに

NRDc欠損マウスは、低体温、徐脈、低血圧、低インシュリン血症などを呈するにもかかわらず、正常なネガティブフィードバックが機能せず、あたかも異なるセットポイントで平衡を保ちつつ生命を維持しているように見えます。それぞれのセットポイントがいかに決定されているか、その分子機構はほとんど明らかになっていません。人為的にセットポイントを変化させることが可能かどうか、それを疾患治療に応用することができないか、など考えながら研究を進めていきたいと思っています。

ゲノムプロジェクトの成果から、ヒトを初めとする高等生物において、タンパク質をコードする遺伝子の数が予想以上に少ないことが明らかになりました。高等生物の複雑な生命現象が、少ない数のタンパク質でいかに制御されているかについて、ひとつのタンパク質分子が複数の異なる機能を発揮することで貢献しているという説明は、理に適っているものの充分には検証されていません。なぜならタンパク質の機能、特にin vivoにおける生物学的機能は、その局在解析、遺伝子改変動物の作製と表現型解析、結合タンパク質の同定など、非常に手間のかかる多くのステップを経て初めて明らかにすることができるからです。特に、特徴的な機能ドメインを持たないタンパク質の機能、さらに機能ドメインから推測できる機能以外を明らかにするためには、多くの労力が必要です。私たちは、多くの共同研究者に支えられつつ、NRDcに関するマテリアル、例えばNRDcに対する多種類の抗体、高感度測定系、遺伝子改変マウスなど、全てを自分たちの研究室で開発し、解析を続けてきました。最近少しずつですが、世界中の研究室からマテリアルのリクエストが増えてきたことを嬉しく思っています。今後さらに多くの方々と協力しながら、このユニークで魅力ある分子の機能を明らかにし、その中で疾患の新たな診断法、治療法開発につなげることができれば、と考えています。

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発表論文

1. Tien DN, Kishihata M, Yoshikawa A, Hashimoto A, Sabe H, Nishi E, Kamei K, Arai H, Kita T, Kimura T, Yokode M, Ashida N. AMAP1 as a negative-feedback regulator of nuclear factor-κB under inflammatory conditions. Sci Rep. 4:5094. 2014.doi: 10.1038/srep05094.

2. Ishizu-Higashi S, Seno H*, Nishi E*, Matsumoto Y, Ikuta K, Tsuda M, Kimura Y, Takada Y, Kimura Y, Nakanishi Y, Kanda K, Komekado H, Chiba T.  Deletion of nardilysin prevents the development of steatohepatitis and liver fibrotic changes. PLOS ONE 9(5): e98017. *Co-corresponding author doi:10.1371/journal.pone.0098017

3. Hiraoka Y, Matsuoka T, Ohno M, Nakamura K, Saijo S, Matsumura S, Nishi K, Sakamoto J, Chen Po-Min, Inoue K, Fushiki T, Kita T, Kimura T and Nishi E*. Critical roles of nardilysin in the maintenance of body temperature homeostasis. Nat. Commun. 5: 3224, 2014. *Corresponding author doi: 10.1038/ncomms4224

4. Ohno M, Hiraoka Y, Lichtenthaler S, Nishi K, Saijo S, Matsuoka T, Tomimoto H, Araki W, Takahashi R, Kita T, Kimura T and Nishi E*. Nardilysin prevents amyloid plaque formation by enhancing a-secretase activity in an Alzheimer’s disease mouse model. Neurobiol Aging 35: 213-22, 2014. *Corresponding author doi: 10.1016/j.neurobiolaging.2013.07.014.

5. Nishi E. Nardilysin (MS: 328) The Handbook of Proteolytic Enzymes (The 3rd Edition), 20 Dec 2012 Edited by Neil D. Rawlings and Guy Salvesen Academic Press

6. Li J, Chu M, Wang S, Chan D, Qi S, Wu M, Zhou Z, Li Z, Nishi E, Qin J and Wong J. Identification and Characterization of Nardilysin as a Novel Dimethyl H3K4 Binding Protein Involved in Transcriptional Regulation. J Biol Chem, 287:10089-98, 2012. doi: 10.1074/jbc.M111.313965

7. Kanda K, Komekado H, Sawabu T, Ishizu S, Nakanishi Y, Nakatsuji M, Akitake-Kawano R, Ohno M, Hiraoka Y, Kawada M, Kawada K, Sakai Y, Matsumoto K, Kunichika M, Kimura T, Seno H*, Nishi E*, and ChibaT. Nardilysin and ADAM proteases promote gastric cancer cell growth by activating intrinsic cytokine signaling via enhanced ectodomain shedding of TNF-a. EMBO Mol Med, 4:396-411, 2012. *Co-corresponding author doi: 10.1002/emmm.201200216

8. Furuyama K, Kawaguchi Y, Akiyama H, Horiguchi M, Kodama S, Kuhara T, Hosokawa, S Elbahrawy A, Soeda T, Koizumi M, Masui T, Kawaguchi M, Takaori K, Doi R, Nishi E, Kakinoki R, Deng JM, Behringer RR, Nakamura T, and Uemoto S. Continuous cell supply from the Sox9-expressing progenitor zone in adult liver, exocrine pancreas and intestine. Nat. Genet. 43: 34-41, 2011. 

9. Masuda S, Oda Y, Sasaki H, Ikenouchi J, Higashi T, Akashi M, Nishi E, and Furuse M. Angulin/LSR defines cell corners for tricellular tight junction formation in epithelial cells. J. Cell. Sci. 15: 548-55, 2011.

10. Horie T, Ono K, Nishi H, Nagao K, Kinoshita M, Watanabe S, Kuwabara Y, Nakashima Y, Takanabe-Mori R, Nishi E, Hasegawa K, Kita T, Kimura T. Acute doxorubicin cardiotoxicity is associated with miR-146a-induced inhibition of the neuregulin-ErbB pathway. Cardiovasc Res. 2010; 87: 656-64.

11. Ohno M, Hiraoka Y, Matsuoka T, Tomimoto H, Takao K, Miyakawa T, Oshima N, Kiyonari H, Kimura T, Kita T, and Nishi E*. Nardilysin Regulates Axonal Maturation and Myelination in the Central and Peripheral Nervous System. Nat. Neurosci. 12: 1506-1513, 2009. *Corresponding author

12. Hoshino K, Horiuchi H, Tada T, Tazaki J, Nishi E, Kawato M, Ikeda T, Yamamoto H, Akao M, Furukawa Y, Shizuta S, Toma M, Tamura T, Saito N, Doi T, Ozasa N, Jinnai T, Takahashi K, Watanabe H, Yoshikawa Y, Nishimoto N, Ouchi C, Morimoto T, Kita T, Kimura T.  Clopidogrel Resistance in Japanese Patients Scheduled for Percutaneous Coronary Intervention. Circ J. 73: 336-42, 2009.

13. Mitsuoka H, Kume N, Hayashida K, Inui-Hayashiada A, Aramaki Y, Toyohara M, Jinnai T, Nishi E, Kita T. Interleukin 18 stimulates release of soluble lectin-like oxidized LDL receptor-1 (sLOX-1). Atherosclerosis. 202: 176-82, 2009.

14. Hiraoka Y, Yoshida K, Ohno M, Matsuoka T, Kita T, Nishi E*Ectodomain shedding of TNF-alpha is enhanced by nardilysin via activation of ADAM proteases. Biochem. Biophs. Res. Commun. 370: 154-8, 2008. *Corresponding author 

15. Matsuda M, Kobayashi Y, Masuda S, Adachi M, Watanabe T, Yamashita JK, Nishi E, Tsukita S, Furuse M. Identification of adherens junction-associated GTPase activating proteins by the fluorescence localization-based expression cloning. Exp Cell Res. 314: 939-49, 2008.

16. Furukawa, K., Fujiwara, H., Sato, Y., Zeng, BX., Fujii, H., Yoshioka, S., Nishi, End Nishio, T.  Platelets Are Novel Regulators of Neovascularization and Luteinization during Human Corpus Luteum Formation. Endocrinology, 148: 3056-64, 2007.

17. Hiraoka, Y., Ohno, M., Yoshida, K., Okawa, K., Tomimoto, H., Kita, T. and Nishi E*. Enhancement of alpha-secretase cleavage of amyloid precursor protein by a metalloendopeptidase nardilysin. J Neurochem. 102: 1595-1605, 2007. *Corresponding author  

18. Nishi, E.*, Hiraoka, Y., Yoshida, K., Okawa, K. and Kita, T. Nardilysin enhances ectodomain shedding of heparin-binding EGF-like growth factor through activation of TNF-alpha converting enzyme. J. Biol. Chem. 281, 31164-72, 2006. *Corresponding author

19. Ohtsuka, T., Imayoshi, I., Shimojo, H, Nishi, E., Kageyama, R. and McConnell, SK. Visualization of embryonic neural stem cells using Hes promoters in transgenic mice. Mol Cell Neurosci.31, 109-22, 2006. 

20. Nishi, E., and Klagsbrun, MHeparin-Binding Epidermal Growth Factor-Like Growth Factor (HB-EGF) is a Mediator of Multiple Physiological and Pathological Pathways. Growth Factors. 22, 253-260, 2004. 

21. Park, P.W, Foster, T.J., Nishi, E., Duncan,.S.J., Klagsbrun, M., and Chen, YActivation of syndecan-1 ectodomain shedding by Staphylococcus aureus and toxins. J. Biol. Chem. 279, 251-258, 2004. 

22. Goishi K, Lee P, Davidson AJ, Nishi E, Zon LI and Klagsbrun M. Inhibition of zebrafish epidermal growth factor receptor activity results in cardiovascular defects. Mech Dev. 120: 811-822, 2003.  

23. Nishi, E., Higashiyama, S. and Klagsbrun, M. Heparin-binding epidermal growth factor-like growth factor. In Henry, H. L. and Norman, A. W. (Ed), Encyclopedia of Hormones. 2: 235-241, 2003. Academic Press, San Diego.

24. Hospital V, Nishi E, Klagsbrun M, Cohen P, Seidah NG, Prat A. The metalloendopeptidase nardilysin (NRDc) is potently inhibited by heparin-binding EGF-like growth factor (HB-EGF). Biochem J. 367: 229-238、2002. 

25. Jin K, Mao XO, Sun Y, Xie L, Jin L, Nishi E, Klagsbrun M, Greenberg DA. Heparin-binding epidermal growth factor-like growth factor: hypoxia-inducible expression in vitro and stimulation of neurogenesis in vitro and in vivo. J Neurosci. 22: 5365-73, 2002.

26. Nishi,E., Prat,A., Veronique,H., Elenius,K. and Klagsbrun,M. N-arginine dibasic convertase is a specific receptor for heparin-bnding EGF-like growth factor that mediates cell migration. EMBO J. 20: 3342-50, 2001.       

受賞歴

大野 美紀子

第35回日本循環制御医学会総会 会長賞最優秀賞 (2014年7月)

第18回日本病態プロテアーゼ学会学術集会『Young Investigator's Award of JSPP 2013』 (2013年8月)

第115回日本循環器学会近畿地方会 English Session 最優秀賞 (2013年6月)

西 清人

第61回日本生化学会近畿支部例会 優秀発表賞 (2014年5月)

第17回日本病態プロテアーゼ学会学術集会『Young Investigator's Award of JSPP 2012』 (2012年8月)       

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