Cincinnati & Stanford.1

マイコース・プログラム 海外研修レポート 京都大学医学部医学科4年生 中江悠宇佳

  1. 背景,目的

中学3年のときにアメリカのさまざまな有名大学の学生の方々と英語で交流するプログラムに参加し,その時に行われた大学紹介でいかにアメリカの大学の施設が大規模であるかに驚きました。その頃から,大学生になったらアメリカの大学に留学したいと考えており,マイコースプログラムで海外研修をすることを希望していました。臨床医志望であるため研究ではなく見学で海外研修をしたかったので,京都大学循環器内科の尾野先生に連絡したところ快く承諾していただき, Cincinnati Children's Hospital, Molecular Cardiovascular Biology, Moklentin Labの桑原先生とStanford University School of Medicine, Cardiovascular Institute, Joseph Wu Labの西賀先生を紹介していただき,1週間ずつ研修させていただきました。帰国後は堀江先生に実験手技を学ばせていただきました。

今回の研修では,アメリカの医療体制や働き方について学ぶこと,現地の方と積極的にコミュケーションをとることを目的としました。

  1. 研究方法

9月の初めに3日間,尾野先生に抄読会を開いていただきました。同級生と三人で留学させていただいたので,Cincinnati Children's Hospital, Molecular Cardiovascular Biology, Moklentin Labの論文を一人,Stanford University School of Medicine, Cardiovascular Institute, Joseph Wu Labの論文を二人が担当し,スライド発表をして先生にわからないところを教わったりお互いに質問しあったりすることで理解を深めました。

9月11日から15日まではCincinnati Children's Hospital, Molecular Cardiovascular Biology, Moklentin Labの桑原先生のもとで研修を行いました。初日は学会に参加させていただき,2日目から5日目までは先生が行なっているマウスの実験を見学させていただいたり,ラボメンバーにお話を伺う機会をいただいたり,Cincinnati Children's Hospitalで小児循環器医として働いておられる高城先生に病院内を見学させていただいたりしました。

9月18日から22日まではStanford University School of Medicine, Cardiovascular Institute, Joseph Wu Labの西賀先生のもとで研修させていただきました。先生のIPS細胞を用いた実験を見学させていただいたり,ラボのカンファレンスやセミナーに参加したり,京都大学出身で現在移植外科の臨床研究に従事されている赤植先生に免疫移植のKrams and Martinez Labを案内していただいたり,循環器内科医の川名先生の症例カンファレンスに参加させていただいたりしました。また,スタンフォード大学病院にて心臓移植外科医をされている首藤先生に肺移植外科医のDr.Nootを紹介していただき,心肺摘出手術を見学させていただきました。

帰国後は,京都大学循環器内科の堀江先生に基本的手技を教えていただきました。

  1. 結果,考察
  • Cincinnati Children's Hospital
  1. 桑原先生の実験

心筋内のタンパク質が心臓に対してどのような影響をもたらすのかを,ノックアウト,ノックインマウスを用いて実験を行われていました。

まず,特定の遺伝子をノックアウトしたマウスを作成するために,マウスの目からウイルスを注射する様子も見学させていただきました。尾から注射することも可能だが,眼球から注射したほうが失敗するリスクが少なく,この実験方法を採用していると教わりました。マウスをナンバリングするために費用削減のためマウスの指を切って印をつけていることに驚きました。次に,心臓をWBする様子を見学させていただきました。マウスの心臓を取り出し,それをすりつぶして,遠心分離させたタンパク質に抗体を付加する様子,電気泳動のためのゲルを作成する様子を見せていただきました。

  1. マウスの手術

MI(心筋梗塞)

手術マウス室に案内していただき,ラボマネージャーのMichellによるマウスの心筋梗塞手術を見学させていただきました。マウス室には100ケージ×12の1200ケージのなかにそれぞれ4〜6匹のマウスが入っており,その膨大な数に驚きました。マウスの毛を剃る担当の人,麻酔をかける担当の人がいて,システム化されていることで日本よりも大幅に早く実験を行えることを教わりました。

心筋梗塞の手術では,冠動脈を縛るとマウスがすぐに心筋梗塞を起こすそうで,心筋梗塞のモデルマウスを作っていました。

・Tac(大動脈弓縮窄)手術

他のラボの方に頼まれた手術を桑原先生が行うところを見学させていただきました。大動脈の横にニードルを置いてしばることで一定の細さで大動脈を狭窄できると教えていただきました。前述したマウスの剃毛,麻酔係の方々と流れ作業的に手術を行うことで非常に効率的に手術を行なわれていました。およそ3時間で20匹以上のマウスの手術を行なっていました。

  1. アメリカの医学教育について

・桑原先生のお話

アメリカでは,まず四年間医学部以外の学部の大学へ通い,その後2年ほどラボなどで働きながら医学部入学への内申点を稼ぎ(医学部受験では,論文をだしているかどうか,ボランティアをしているかどうかなど様々な観点から選考されるようです),大学にapplying paperを出し,医学部入学後は四年間大学に通ってから,さらにレジデントを6年行わなければならないそうです。また,医学部受験では通常20校ほどを受験するそうです。日本では大学に通う年数もレジデントの年数もアメリカより短いため,その違いに大変驚きました。実際,アメリカではどこへ行っても,医学部生にしては若いと驚かれました。

・医学生Cathyのお話

CathyMDPhDコースの学生で,アメリカの医学部受験がいかに過酷であるかについて教わりました。MDPhDコースでは医学部に二年間(主に講義や授業中心),研究を四年間,再び医学部に戻り臨床実習などを二年間おこなうことでMDPhD両方を取得できるそうです。

Eamanのお話

Eamanはオハイヨ大学を卒業し,現在はシンシナティ大学の大学院に通いながらMolkentin Labで研究をしていました。医師志望ではなく,将来は企業に就職されるそうです。アメリカは日本とはMDPhDの立場が異なり,日本よりもscientistの社会的立場が強く,PhDが日本よりも重視されているというお話を伺いました。日本よりも研究室にお金がかかっているために留学された先生方も研究により一層注力できるのだなと感じました。

  1. アメリカの臨床医療について

桑原先生,高城先生にシンシナティ小児病院内を案内していただきました。

・桑原先生のお話

大学病院は救急以外は紹介制で全予約制だそうです。そのため,予約から受診には3ヶ月ほどかかり,受診のハードルはかなり高いそうです。病院での待ち時間は5~6時間ほどもあるそうです。病院内はすべて個室で,そこでお医者さんが来て回るという形式であるため,患者さんへの負担は少ないそうです。重症度によって個室に滞在する時間は異なり,長い方では5〜6時間も個室で待機されるそうです。一方で入院日数は短く,出産しても次の日には家に帰るというほど短いそうです。日本よりもかなり回転率のよい医療を行なっていると伺いました。

・高城先生のお話

高城先生は,学部生3〜4年の頃からUSMLE取得の勉強を開始し,卒後3年ほどで渡米されたそうです。現在は小児循環器のフェローとして働かれています。

アメリカの臨床医療はかなり細分化されており,小児循環器医であれば呼吸器や内分泌の患者さんは診ず,循環器の患者さんしか診ないそうです。また,人口が多いために日本の病院よりもはるかに多くの症例が回ってくるため,若いうちから自分の専門分野の症例数をたくさんこなすことができるそうです。このように医療が細分化されていることで,一人の患者さんに携わる医師の人数が多くなり,医療費が高い一因となっているそうです。

  1. 論文

尾野先生に開いていただいた抄読会で,Cincinnati Children's Hospitalの論文を担当させていただき,心臓幹細胞治療の有用性が急性免疫反応にあるということを議論した論文を読みました。内容としては,心筋梗塞からの回復は幹細胞によるものではなく,化学物質Zymosanによって心筋の繊維化の程度を弱めることができるというものでした。英語の論文を精読するのははじめてで,PubMedでどの論文がいいかを探すところから,意味を一つずつ理解していく作業まで,どれもが本当にためになりました。また,実際にラボの中を見学させていただいた際に論文に出てきたほぼ全ての実験工程を見ることができ,論文への理解が深まったとともにラボ見学をより一層楽しむことができました。

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(写真:桑原先生と病院の前で(左),Molentin Labの有名雑誌に掲載された論文(右))

  • Stanford University School of Medicine
  1. 西賀先生の実験

西賀先生や他のラボメンバーのIPS細胞を顕微鏡で観察させていただきました。シャーレの中で心筋細胞が拍動しており,驚きました。また,IPS細胞を使うことのメリットについて西賀先生に伺いました。IPS細胞を用いることで人間に特化した実験を行うことができ,動物実験の数を減らせること,また特定の病気の方のIPS細胞を作成することで遺伝病などをもった方の心筋を再現できるためより臨床に近い実験を行えることを教わりました。IPS細胞は分化して間もない細胞であるため,若年で発症する疾患の方が再現性が高く,逆に生活習慣病などは再現しにくいということも知りました。より人間の心臓に近づけるために3次元に培養することもできるそうです。

顕微鏡で写ったものがタブレット上に映し出されることで複数人が同時に手軽に見られるようになっていたり,8×12マスあるプレートをまとめて映し出し,さらに解析しているコンピュータがあったりして,実験を効率的に行えるようになっていました。

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  1. アメリカの医学教育について

大学を卒業し,医学部に入学するまでの期間をWu先生のラボで実験して過ごされているJuanにお話を伺いました。現在はapplying paperを書いている途中で,20校もの大学を受けること,一つのapplying paperですでに120ページも書いているというお話を聞いてアメリカでの医学部受験の過酷さに改めて驚きました。

  1. アメリカの臨床医療について

西賀先生に臨床医療についてのお話を伺いました。アメリカでは,加入している保険によって通院できる病院が変わってくるそうです。また医療費も高く,診察までかなりの時間を要するため,軽い風邪などは薬局にいる看護師さんに無料で診てもらうことができるそうです。シンシナティでも感じましたが,やはり日本とアメリカでは医療形態がかなりことなり,日本では患者側が病院に受診しやすいこと,アメリカでは医療が細分化されているため医師の負担が日本よりも軽減されていることを知りました。

  1. 肺摘出手術見学

スタンフォード大学病院で心臓移植外科医をされている首藤先生のご厚意で肺移植外科医のDr.Nootを紹介していただき,肺摘出手術を見学させていただきました。この見学は今までの人生で最も刺激的なものでした。サンノゼの空港から小型飛行機に乗って隣州のオレゴン州へ向かい,オレゴン州の病院で脳死のドナーから心肺が摘出される様子を見学しました。手術見学自体がはじめてでしたが,医学部4年でローテーション中(日本でのポリクリ)の医学生Benに,手の洗い方からガウン,手袋の着用方法まで全てを親切にも教えていただき,そのおかげで術野に入って見学することができました。術野に入ると,解剖実習で見たものとは全く違う,生きている臓器を初めて見ることができました。ぐったりしていたドナーの体のなかで力強く脈打つ心臓を見たときには,命の尊さを深く感じ涙が出そうになりました。今まで外科の道にはあまり興味がありませんでしたが,先生たちが鮮やかに臓器を摘出する様子を見て,将来の大きな選択肢の一つとして考えるようになりました。このような非常に貴重な機会をくださった西賀先生,首藤先生には感謝してもしきれません。

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(写真:移植手術へ向かう小型飛行機(左),西賀先生と(右))

                       

  1. 渡米について
  2. 渡航前の準備

短期の留学だったため,ビザではなくESTAを申請しました。公式ページから申請サイトへの移行がかなりややこしく,また偽サイトなどがたくさんあったので(かなりの額を請求されます),渡米の際には注意してください。

  1. 宿泊について

航空券とホテルは別々で予約しました。Cincinnatiでは桑原先生にお勧めしたいただいたGraduate Cincinnatiに宿泊しました。宿泊中にCincinnati Children'sの学会が開かれたり,病院へのアクセス,サービスともに大満足のホテルでした。Stanfordでは先輩が去年宿泊されていたパロアルトのCountry Inn Motelに宿泊しました。大学まではバス(2.5ドル)と大学内のフリーシャトルを乗り継いで40分ほどかかりました。スーパーも近く,スタッフの方も親切でしたのでこちらもとても過ごしやすかったです。どちらのホテルも,一緒に留学に行った友人と二人で宿泊させてもらいました。

  1. 週末の過ごし方

週末を利用して,一緒に留学に行った友人たちと観光地へ出かけました。シンシナティでは現地で有名な橋を見に行ったりメジャーリーグを観戦したりしました。スタンフォード大学近郊に滞在していた時は,Apple, Googleの本社を見に行ったり,ヨセミテ国立公園やナパバレーのツアーを予約して観光したり,サンフランシスコ観光をしたり,西賀先生がチケットを取ってくださってスタンフォードのアメフトを観戦しに行ったりしました。どれも日本では体験できないことばかりで本当に楽しむことができました。

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(写真:ジョン・A・ローブリング橋(左),ナパバレーOpus Oneワイナリーの前で(中),ヨセミテ国立公園にて(右))

  1. 最後に

アメリカの二つの研究室に留学させていただき,研究・臨床両方の観点からアメリカの医療について学ぶことができました。渡航前は不安でいっぱいでしたが,様々な立場の方々のお話を伺ったり,実際の研究室や病院を見学して,アメリカの医学教育・医療体制を肌で感じながら学ぶことができ,日本ではできない非常に貴重な体験をさせていただきました。この実習を通して,医学という学問に対して今まで以上に強い関心をもち,これからのキャリアについて改めて考える大きなきっかけとなりました。また,海外で意思疎通をより円滑に図りたいと感じ,英語をもっと勉強したいと思うようになりました。

最後に,素晴らしい先生方を紹介していただいた尾野先生,お忙しいなか私たちの旅がより良いものになるよう尽力していただいた桑原先生,西賀先生,高城先生,移植手術を見学する機会をくださった首藤先生,Dr.Noot,帰国後に実験の基本的手技を丁寧に教えてくださった堀江先生,この旅を支援してくれた両親,関わってくださったすべての方々に深く感謝申し上げます。


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