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夏期海外研修に行かれた皆さんの声

海外の臨床教授より

~医師と社会~
山崎 博 Director, Interventional Cardiology fellowship program at St. John Hospital

  これから医師を目座競れる京都大学の学生さんに何か書いてほしいとの事でしたので、少し書かせていただきます。京都大学は世界トップレベルの基礎研究という大事な役割を担っておられますので、そのような方向を目指しておられる方にはどうぞさらに頑張ってくださいと申し上げます。しかし皆さんの中には、 臨床を目指しておられる学生さんもきっといらっしゃると思いますので、 今回はそのような方を念頭に書かせていただきます。
  私は1989年京都大学医学部卒業後すぐアメリカニューヨーク市のクイーンズにあるブース記念病院に内科インターンとして応募、採用され、その後1992年ペンシルベニア州のフィラデルフィアにあるトマスジェファーソン医科大学付属病院の循環器科フェロー、1995年、ミシガン州デトロイト市にあるサントジョン病院及びアンアーバーにあるミシガン大学付属病院でインターベンションフェローを経た後、1997年、日本に戻り、北九州市にある小倉記念病院で循環器科医長、副部長待遇として働かせていただきました。1999年にアメリカミシガン州に戻り、循環器科医師として開業し、現在に至ります。その間、主要病院としているサントジョン病院の循環器科インターベンション部長およびインターベンションフェローシップ部長の肩書きもいただきました。2007年には京都大学の循環器科臨床准教授そして2009年には同臨床教授の肩書きを拝命いたしました。
  私の日常の医療などについては、皆さんの先輩たちが毎年こちらに夏季研修に来られて体験記を書かれていますので、そちらを読んでみてください。
  さて医師にはいろいろな顔があります。 治療者としての顔、教育者としての顔、健康に関するプロフェッショナルアドバイザーとしての顔、そして研究者としての顔などです。私が外来で患者さんを見る時は主に、健康に関するプロフェッショナルアドバイザーの顔をしています。タバコがやめられない患者さん、運動不足で肥満が悪化している患者さん、薬を飲むのをよく忘れてしまう患者さん、塩辛い食べ物が好きで血圧がなかなか下がらない患者さんに頭ごなしに批判、説教をして状況が本当に改善するでしょうか。私はそんなときには、できるだけ患者さんと目線を同じ高さにして一緒に解決法を考えるようにします。治療法を考える時も同じです。できるだけ公平に薬物治療、外科治療、カテーテル治療などの良い点欠点などを考慮した上で、私が身内だったらこうしますというアドバイスをします。その時点で例えば患者さんがカテーテル治療を選ばれたとすると、今度は私は治療者の顔になり、カテーテル治療術者として世界最高の治療を受けてもらうよう渾身の努力をします。薬剤治療を選ばれたとすると、現時点で最高、最新の知識に基づいた薬剤を服用していただくよう努力します。そのためには、最新の医療情報を常に勉強しておくことが欠かせません。
  医者には教育者としての顔もあります。自分より若い同僚や研修医の先生たち、医学生たちに、どうやったら、最新の医療知識を伝え、技術を伝えることが出来るかということは常に考えています。また医学、医療に対する熱情、面白さをどうしたら伝えられるかというのはいつも考えている課題です。また日常生活でもいつも実は教育者としての顔を忘れられないのです。と言いますのは、例えば食堂に行きますと、私を循環器の医者だと知っている人は、(他科の医者を含めて)私が何を注文し、何を食べているかをそれとなく観察しています。日頃減塩食を提唱し、魚、鶏肉、野菜、果物を中心とした食事(地中海式食事と呼ばれています)を提唱している私としては、それに即した食事をなるべく心がけます。また一日平均40分の運動を週5回以上することを提唱しているので、なるべくそれを自ら実践するよう心がけています。社会全体を巻き込んだ禁煙の促進、シートベルトやヘルメットの着用、ワクチンの普及など、教育者社会改革者としての仕事は医者の仕事のうちの大事な部分です。
  よく知られていないのが臨床研究者としての医者の顔です。大学や研究機関で基礎医学の研究をする人たちだけが研究者ではありません。臨床家も研究の一翼を担っていることがよくあります。新しい薬剤や医療機器の臨床治験がその良い例です。臨床医の誰もがこのような研究活動に参加している訳ではありません。むしろ臨床医のごく一部と言ってよいでしょう。しかし、このような研究無しには、いくら動物実験で良い結果が得られたお薬や医療機器でも、実際に人間に使ってみて効果があり、かつ安全であるのかどうかはわからないのです。ですから私はもし新しい治療が今までの治療に比べて安全でより効果が高い可能性があると確信できれば、患者さんの同意が得られるよう努力し、治験に積極的に参加していただけるよう努力しています。アメリカで面白いのは、治験で出た結果がすぐ臨床に採用されることです。ですから皆が治験を大事にします。ただ日頃非常に忙しい日常の間を縫って、臨床論文が書けるかと言うとそれは難しいものがあります。ですから、たいていは大学病院などの専門家が中心となった多施設無作為抽出試験に参加するという格好が多くなります。またステントなどの医療機器の認可後の登録追跡調査の研究もあります。この場合は専門の研究看護士さんにデータ収集などの仕事の大部分をお願いしています。また日常の治療上の疑問があり、それに対する答えが比較的簡単に出そうな場合は、自ら提案して、単施設臨床治験を行なうこともあります。
  日本でも医療改革の論議が盛んな様ですが、行政や病院の声は比較的良く聞こえてきますが、現場の医師からの声は聞こえてこず、医師が主体とならない制度改革はうまくいかないような気がします。大学医学部の入学枠を増やすことで医師不足を解消しようという方策が出されているようですが、医師が安心して重篤患者の世話ができる環境が整わない限り、いくら医学生の数を増やしても、そのような仕事をする良い医師は育たないと思います。福島県大野病院で起きた産婦人科医の逮捕事件を皆さんは覚えておられるでしょうか?このような事件が無くならない限り、社会が医者に対しての見方を変えない限り、良い医者は育ちにくいと思います。最近の医学部卒業生に人気のある科は、 当直が少なくて、責任を問われることの少ない科だと聞いたことがあります。これらの科の重要性を認めない訳ではありませんが、産科や小児科、内科や外科など、医療の要となる科の志望者が激減した上での選択だとすると、医療の将来が危ういと感じるのは私だけではないと思います。つい最近、ある公立大学医学部のある年の卒業生の3分の1が皮膚科に行ったとのうわさ話を聞きました。もしそれが本当だとすると本当に由々しい事態だと思います。医学部の卒後研修で都市の有名大病院に卒業生が集中するのが問題とされていますが、それだけの問題ではないように思えます。
最後に
  アメリカでは毎年3月30日がドクターの日と法律で決められています。これは1842年のこの日、ジョージア州のバロウ郡というところで、ロングという名の医者が初めて麻酔を使って患者の治療をしたということを記念して、1933年、同所で記念集会がもたれたのが始まりと言われています。アルモンドという当地の医師の奥さんが“年に一度医師の名誉をたたえる日をもうける”というアイデアに基づいて提唱されたそうです。その後、赤いカーネーションがドクターの日の象徴となりました。1990年、当時のブッシュ大統領(父)が3月30日を全国医師の日(national doctor’s day) と名付ける法案に署名し、この日が国民の祝日となりました。この法律によってアメリカではこの日、市民が公に、病に倒れた人を治療し、医療知識を高め、国民の健康を増進している医師に感謝の意を表することが出来ることになりました。。。。こう書くと手前味噌のようですが、医師も人の子、豚もおだてりゃ木に登るとのことわざにある通り、一年に一度でも、ありがとうと言われると、激務を忘れて、また明日から頑張ろうという気になるのは不思議なものです。日本でもアメリカでも、もう少し一生懸命働いている医者が報われる日が来るよう願っています。
(2009年7月26日、2014年2月改訂)
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