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大動脈瘤に対するステントグラフト内挿術

ステントグラフトとは

 ステントグラフトとは、人工血管(グラフト)に針金状の金属を編んだ金網(ステント)を縫い合わせたものです。ステントグラフト内挿術は、このステントグラフトをカテーテル(プラスチック製のチューブ)の中に納めて太ももの付け根から血管の中に入れ、患部で広げて血管を補強するとともに動脈瘤の部分に血液が流れないようにする治療です。

stentgraft1.PNG メスで切る部分が小さいため、患者さんの負担は小さく、入院期間が短くなり、歩いたり、食事をとったりすることが早くできるようになります。他の病気が理由で外科手術を見合わせておられる方やご高齢の方への新しい治療法として普及している治療法です。形態によっては困難な場合がありますが、初期成績は外科的手術と比べても良好な結果が報告されています。
 ただし根治的な外科手術と違い動脈瘤自体が残るため、ステントグラフトの移動、枝からの逆流などの問題で動脈瘤が拡大し破裂の危険が再び生じる場合があります。そのため手術後は原則として定期的な診察と検査を受けていただき、動脈瘤とステントグラフトの状態を定期的に観察することが必要です。動脈瘤の拡大があれば、破裂を予防するために追加のカテーテル治療や外科手術を行う場合があります。
 当院では、市販型ステントグラフトが販売される前の平成15年より、心臓血管外科と協力し井上ステントグラフトを用いてステントグラフト内挿術を開始しました。市販型ステントグラフト登場以降も、それまでの経験を活かして、それぞれの動脈瘤の形態に一番適切なグラフトを選択し、これまでに700例をこえるステントグラフト内挿術を施行してきました。

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stentgraft3.png 腹部および胸部の上記ステントグラフトの指導医資格を有しており、動脈瘤の形態に応じた適切なステントグラフトを選択しています。

ステントグラフト内挿術の方法

 ステントグラフト内挿術を検討する際に、医師は患者さんの大動脈の写真(CT スキャン)を撮影し、大動脈瘤の形状がステントグラフトに適しているかどうかを検討します。適していると判断された場合、患者さんの血管に合った適切な機種およびサイズのステントグラフトを選択します。治療には血管造影装置が必須であるため、血管造影装置を備えたハイブリッド手術室や、心臓カテーテル室で行っています。また、当院ではほとんどのステントグラフト内挿術を局所麻酔で実施しています。

  1. 足の太ももの付け根の近くをメスで小さく切って、ステントグラフトを挿入するための血管を露出させます。この際に少し痛みがあり、局所麻酔薬を患部に注射するとともに、点滴で鎮静剤を使用して少し眠った状態で手術を行います。
  2. ステントグラフト内挿術に先だって、大動脈の分枝から動脈瘤内に血流が流入することが予想される場合は、分枝に対してカテーテルを用いてコイル塞栓(針金で血管を詰める治療)を行います。治療に用いるステントグラフトは、2つから3つの部品に分かれており、それぞれカテーテルと呼ばれるプラスチック製のチューブの中にあらかじめセットされています。それぞれの部品は太ももの付け根の血管から動脈内に別々に挿入されます。
  3. エックス線透視下でステントグラフトを確認しながら正しい位置に運び、血管の中で接続します。このとき、グラフト本体は大動脈に固定されます。
  4. ステントグラフトの両端が血管壁と密着すると、血液はステントグラフトの中を流れるので、大動脈瘤内への血流は遮断されます。
  5. 手術の最後に血管造影を行い、動脈瘤内への血液の流入(エンドリーク)がなく、ステントグラフトの中を通って流れていることを確認します。
  6. 両足の太ももの付け根の小さく切った部分を縫合して閉じます。
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ステントグラフト内挿術は、3DのCT画像と同期可能な血管造影装置を備えたハイブリッド手術室あるは血管造影室にて施行しています。

腹部大動脈瘤に対するステントグラフト内挿術

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胸部大動脈瘤に対するステントグラフト内挿術

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ステントグラフト内挿術により期待される効果

 人工血管(ステントグラフト)の留置に完全に成功すれば、動脈瘤の部分は人工血管で密閉され、血液は瘤内には流れなくなり動脈瘤の縮小を得られます。動脈瘤が縮小しなくても拡大が止まれば動脈瘤の破裂を防止できます。

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ステントグラフト内挿術の合併症

 ステントグラフトを用いた治療ではカテーテルを使用する一般的な血管内治療で起こる可能性のある不具合・有害事象に加えて、この治療に特有な不具合・有害事象が起こる可能性があります。また、不具合が発生した場合、手術中や手術後に追加の治療が必要になり、緊急で開腹外科手術が必要となる場合もあります。

  • 動脈瘤の術中破裂・死亡・開腹手術への移行
     患者さんによっては動脈瘤の壁が非常にもろい場合があり、カテーテル操作によって動脈瘤の壁が傷つき、動脈瘤が破裂するおそれがあります。また、動脈瘤が破裂寸前であった場合、手術中に破裂してしまう場合があります。治療中に動脈瘤が破裂した場合、ショック状態(血圧が著しく低下した状態)となりますので、通常の治療経過と異なり、生命の危険が生じ、集中治療が必要となります。
     また、ステントグラフトが操作困難、ステントグラフトでは修復不可能な病態となった場合は、緊急で開腹手術へ移行し修復を行う場合があります。いずれにせよ、予想外の事態が起こった場合は、状況によって生命に危険が及び可能性があります。
     本邦での腹部大動脈瘤に対するステントグラフト内挿術(2006年7月~2008年12月)では、退院時死亡0.6%(19/3124例)と報告されています
  • 漏れ(エンドリーク)の残存
     ステントグラフトの大動脈壁への密着不足などにより、動脈瘤内に血液の流入が残存することがあり、これをエンドリークといいます。この場合、動脈瘤壁に圧がかかり動脈瘤のさらなる拡大および破裂の危険性が残るため、再治療が必要になります。

    stentgraft5.png 特に腹部大動脈瘤に対するステントグラフト内挿術では、腰動脈や下腸間膜動脈からのII型エンドリーク(自然にできるバイパス血流により、動脈瘤内へ血液が流入する現症)により瘤径が拡大した場合、後日コイル塞栓術(針金を用いて血管を詰める治療)が必要となることがあります。循環器内科ではコイル塞栓まで積極的に行っているため、拡大傾向にあれば早めに対処しています。また、ステントグラフト内挿術前に、太い分枝からのII型エンドリークの出現が予想される場合は、グラフト挿入前にコイル塞栓も行っています。

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  • ステントグラフトの閉塞や狭窄
     ステントグラフトが捻れたり、折れたりした状態で移植されてしまい、その内腔が狭くなったりつまったりすることがあります。その場合、追加でカテーテル治療を行います。
  • ステントグラフトによる動脈壁損傷
     留置したステントグラフトが患者さんの動脈壁を傷つけて、大動脈解離(大動脈壁に裂け目が入る疾患)を生じる可能性があります。広範な解離を生じた場合は、外科手術が必要となる可能性もあります。
  • ステントグラフトによる側枝の閉塞
     大動脈から分岐している大切な血管をステントグラフトでふさいでしまった場合、その血管によって養われている臓器に傷害が起こることがあります。腹部大動脈瘤治療では腎動脈の直下にステントグラフトを留置するため、腎動脈を閉塞してしまった場合には、腎動脈にステントを留置して修復する場合があります。
     胸部下行大動脈から分枝している脊髄を栄養する血管(アダムキュービッツ動脈)をステントグラフト内挿術により塞いでしまうことで、脊髄が虚血となり、両足の麻痺(対麻痺)を生じることがあります。胸部大動脈瘤の治療の3−5%に生じることが報告されています。
  • 跛行
     腸骨動脈に動脈瘤がある患者さんでは、ステントグラフト治療にともなって動脈瘤内への血流を遮断するために内腸骨動脈(骨盤内を栄養する血管)に対してコイル塞栓術(針金を用いて血管を詰める治療)を行います。内腸骨動脈を閉塞した場合に、殿筋(おしりの筋肉)への血流が低下し、跛行(歩くとおしりがだるくなる症状)が出現することがあります。通常1−3ヶ月の経過で改善します。
  • 性機能障害
     男性では内腸骨動脈(骨盤内を栄養する血管)を閉塞した場合に、骨盤内臓器の血流が低下し、性機能障害が出現することがあります。
  • ステントグラフトの移動や破壊
     患者さんの血管へステントグラフトがうまく固定されず、血流に押し流されて人工血管が移動したり、患者さん自身の大動脈の形態が数年の経過で変わることで、ステントグラフトが移動する場合があります。その場合は、ステントグラフトを新たに追加したり、外科手術が必要となる場合があります。
  • 塞栓症
     動脈瘤の壁には血栓がついており、瘤の部分以外でも動脈硬化のために動脈の内側にプラーク(粥腫)が付着していることがあります。カテーテルの操作中に患者さんの動脈瘤の壁や動脈壁についている血栓やプラークが血流に押し流され、脳や内蔵などの血管をつまらせてしまうことがあります。これにより脳梗塞、腎不全、腸管虚血、下肢虚血などが引き起こされる可能性があります。全身性の塞栓症が起こると、多臓器不全となり生命にかかわることがあります。
  • 血管関連の合併症:
     動脈の閉塞・狭窄・損傷[1.5%] 
     血栓・塞栓症[0.4%]
     カテーテル挿入部位からの再出血・仮性動脈瘤
  • DIC(播種性血管内凝固症候群)の発症・輸血の施行:[3.9%]
     治療中に多量に出血した場合は、輸血を施行します。また、動脈瘤内にステントグラフトが留置された結果、瘤内で血栓が形成され多量に血小板や凝固因子(血液を固めるための材料)が消費される結果、逆に全身が出血傾向となる場合があり、血小板や凝固因子の輸血が必要となることがあります。
  • 腎疾患関連合併症:[2.0%]
     造影剤による腎障害、コレステリン塞栓症にともなう腎機能の悪化
  • 腸管関連合併症:
     腸管の通過障害(腸閉塞)、腸管の虚血・壊死、大動脈腸管瘻、麻痺性イレウス
  • 創傷関連合併症:
     抗生物質を要する創部の感染、リンパ瘻(リンパ管を損傷し、リンパ液が貯まること)、創部の離開・再縫合、組織切除を要する壊死
  • 循環器系合併症:
     心筋梗塞、うっ血性心不全、新たな薬物投与または治療を要する不整脈、
    カテーテル治療を要する虚血性心疾患、強心薬の必要性、難治性高血圧
    大動脈瘤をお持ちの患者さんは、冠動脈疾患(心臓の栄養血管が狭窄したり閉塞したりする疾患)をお持ちの事が多いので、動脈瘤の治療の前に、心臓の詳細な検査をおこないます。
  • 呼吸器関連合併症:
     全身麻酔にて施行した場合の24 時間以上の人工呼吸あるは再度気管挿管
     抗生物質の投与を要する肺炎、退院時の酸素吸入処方
  • 神経関連関連:[0.2%]脳卒中、一過性脳虚血発作、脳出血
     カテーテルやガイドワイヤーにより、血栓やプラークを飛ばしてしまった場合、脳梗塞を起こす場合があります。また、出血傾向となった場合は脳出血のリスクがあります。
  • 発熱および限局性炎症
     術後ほとんどの患者さんで、ステントグラフト留置部位に炎症がおこり、発熱します。3−5日程度で軽快します。

ステントグラフト内挿術後に必要なこと

 ステントグラフト内挿術を受けた後は定期的に検査を受け、瘤が大きくなっていないか、大動脈瘤内への血液の流入(エンドリーク)がないか、ステントグラフトの移動・閉塞・破損などが生じていないかをCTスキャンやエックス線写真撮影 エコー検査により観察します。
 退院後、医師の指示に従って以下の時期に定期検査を受ける必要があります。通常は術後1ヶ月、6ヶ月、12ヶ月、その後は年1回 CTスキャンを行います。

ステントグラフト内挿術後のMRI撮影について

 ステントグラフトには、ステント部に金属素材が使用されていますが、いずれのステントグラフトにおいても、3.0T(テスラ)までのMRIは安全に撮影できることが報告されています。
治療や合併症の詳細については、受診した際に担当医師にご確認ください。

文責:田崎 淳一(胸部大動脈瘤ステントグラフト指導医 腹部大動脈瘤ステントグラフト指導医)


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