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臨床心臓血管病研究室
当研究室の概要
私の研究分野は循環器疾患に関連した臨床、基礎研究で以下に要約される。
- 循環器疾患のEBM
1986年から現在まで日本の循環器の多施設臨床研究を行ってきた。国際的にも貢献度の高い臨床研究を行い、特に最近のJMIC-Bは国際的に高く評価されている。虚血性心疾患、高血圧、最近のものとして心不全の全国規模の研究が行われている。 - 大規模臨床研究以外にも急性冠症候群、冠動脈スパスムの虚血性心疾患の臨床研究
- 基礎研究では、PTCA後の再狭窄に関与していると考えられる増殖因子の同定、血清中のプロスタサイクリン安定化因子の構造決定、NO合成酵素の精製と構造決定などである。
所属者
- 由井 芳樹(助教)
研究内容
臨床研究
JMIC (Japan Multicenter Investigation for Cardiovascular Diseases)は1986年から始まり現在まで続いている循環器疾患を対象にした全国規模の多施設臨床試験組織である (図)。臨床循環器内科学の進歩の歴史は臨床での治療の有効性のevidenceの蓄積の上に構築されている。このためにJMIC委員会(厚労省財団)も設立しそれを中心に活動して来た。今までの臨床試験で主な仕事は以下のものである。
1.重症心不全、原発性肺高血圧症に対する治療法 (JMIC-W)
1982年当時急性期に使用可能な血管拡張剤としては動静脈系を拡張するにはナイトロプルシッドがあったが神経毒性が強く、実用的には静脈系を拡張するニトログリセリンしかなく耐性の問題もあり、バランスのとれた急性心不全の血管拡張剤を探していたが、当時発見されたプロスタサイクリンの血管拡張効果と抗血小板効果に注目し肺動脈圧の高い心拍出量の低下した重症心不全患者に世界で初めて使用したところ著名な効果があった。症例を集め、重症心不全以外に肺動脈圧の高い原発性、二次性肺高血圧の症例を加えアトランタで開かれたアメリカ心臓病学会で3月に肺動脈圧の高い疾患、心不全、肺高血圧に対する新しい治療法として発表し、論文(Yui et al, Prostacyclin therapy in patients with congestive heart failure American Journal of Cardiology (現在、Journal of the American College of Cardiologyに名前変更されている) 50, August, 320-324, 1982) を出したところ、反響が大きかった。同時期に米国からもPPHに有効と発表があった (Circulation 66, August, 334-338, 1982)。 プロスタサイクリンは肺に大量に存在していることがわかり、PPHの症例では(真の病因は別として)プロスタサイクリンが欠乏している可能性がでてきた。その後の使用経験でもプロスタサイクリンは不安定であってもニトログリセリン、カルシウム拮抗薬をはるかに超える効果が見られた。次に安定型にしたプロスタサイクリンを重症心不全に使用し有効な結果を得た( Yui et al, Vasodilator therapy with a new stable Prostacyclin analogue, OP-41483, for congestive heart failure due to coronary artery disease and comparison of hemodynamic effects and platelet aggregation with nitroprusside American Journal of Cardiology 58, 1042-1045, 1987 )。また、PPHにも有効であることがわかった。プロスタサイクリンは米国でのPPHの治験が終了しFDAが認可した後、日本でもPPHの認可を取りたいと依頼が私に来たので試験組織(JMIC-W)を立ち上げオーファンドラッグとしての認可を目指し症例を集め厚労省に提出,認可され現在広く使われている。もともとはアメリカでも肺移植のドナーが少なく移植までのつなぎとして開発され、あまり慢性的な使用を考えていなかったが、予想したより長期に使うことが可能で、成績も良いことがわかり現在よく使用されている。
2.第二世代t-PAの臨床開発の共同研究(JMIC-E)
当時心筋梗塞の再灌流療法は現在のPTCA(PCI)と異なり血栓溶解療法が主流であった。その一連の臨床試験がJMIC-MK, A,TD, Mt, I(第1世代)であったが、一時間の持続点滴静注が必要で現場では使いにくく、新しい血栓溶解剤recombinant type のone-shot型の共同研究をエーザイ(株)と行い( Journal of Cardiovascular Pharmacology 22, 834-840, 1993)、その後、さらに、臨床試験(JMIC-E)を行い申請、認可を受け臨床で用いられるようになった( A prospective, randomized, double-blind multicenter trial of a single bolus injection of the novel modified t-PA E6010 in the treatment of acute myocardial infarction: Comparison with native t-PA J Am Coll Cardiol 29, 1447-1453, 1997)。PCI の普及により血栓溶解療法はあまり循環器の臨床で行われなくなったが最近、脳梗塞、肺梗塞症の治療に盛んに用いられるようになっている。
3.JMIC-B study
JMIC-B studyは冠動脈疾患を合併した高血圧患者を対象にしたCCB(カルシウム拮抗薬、Calcium Channel Blocker = Nifedipine Retard)とACE-I(Angiotensin Converting Enzyme-Inhibitor)の3年間の比較試験である。本試験が企画された1993,4年当時はACE-Iの方がCCBより抗動脈硬化作用に優れ逆に、CCBは冠動脈疾患、ことに、心筋梗塞に危険という考え方が欧米中心にあった。しかし、日本で日常、冠動脈疾患を診ている我々は日本人に多い冠動脈スパスムの予防にはCCBが著効する上に、冠動脈造影を繰り返した患者さんを診ていると、どうも、ACE-Iで治療している患者さんはCCBで治療している患者さんに比べ、冠動脈硬化の進展が多くかつ速いということに気がついていた。そこでこれをEBMで実証しようとしたのがこの試験である。心臓血管事故に関してはそれまでの概念と異なり2薬剤間で差がなかった(Hypertens Res 27,181-191, 2004、当初、日本循環器学会、アメリカ心臓病学会―AHA、で発表した時は間違いでないかと,すなわち、ACE-IsがCCBと変わらないのはおかしいと批判されたが、その後ALLHAT, ANBP-2が発表され同じ結果となった) 。第Ⅰ期のBPLTTC(高血圧の国際的なメタアナリシス組織)のメタ解析では降圧治療中の冠動脈疾患の発症に関してはACE-IがCCBより優れているという結果(RR=0.81, 95%CI 0.68, 0.97)であったが、JMIC-B、ALLHAT、ABCD(N)が加わった第Ⅱ期解析ではRR=0.96, 95%CI 0.88, 1.04になり2薬剤間で有意差がなくなり、薬剤の差より降圧が重要であるという新しい概念が提出され国際的に貢献できたと考えている。サブ解析JMIC-B DM studyでは糖尿病を有する高血圧患者においても2剤間において心事故の発症に有意差がなく ( Hypertens Res 27, 449-456, 2004―日本高血圧学会Novartis賞を受賞)、従来、糖尿病を合併した高血圧患者ではACE-I、ARB(Angiotensin Receptor Blocker)による治療が優れていると考えられていたが、JMIC-B DM studyでは薬剤間に有意差がなく、やはり降圧が重要となった。最近の国際的なメタ解析でも同様の結果である。さて、本来の主目的のJMIC-B QCA studyではCCBの抗動脈硬化作用を定量的冠動脈造影法(Quantitative Coronary Angiogram)を用いて研究し、CCBの抗冠動脈硬化作用はACE-Iより強力であることを証明した ( Hypertension, 45, 1153-1158, 2005) 。同時期、米国のグループから、IVUS法(Intra Vascular Ultrasound、血管内超音波法)を用いて冠動脈プラーク容積の変化を研究した結果が報告され、同じくCCBの方がACE-Iより抗動脈硬化作用に優れていた。日米同時期に異なった方法で同じ結果が報告されCCBの抗動脈硬化作用がACE-Iより強力であると臨床的に証明されたのは興味深く思われる。最近降圧の重要性が認識され欧米でもCCBの使用が明らかに増えてきている。さらに、安定型の狭心症にはPCIよりも十分な薬物療法の方がいいのではないかという最近の大規模試験の結果を受け、beyond lowering pressureとしてのCCBの抗動脈硬化作用が注目されている。全体の心臓血管事故では2薬剤間に有意差がなかったのに(定量的)冠動脈造影ではCCBの方がACE-Iより有意に冠動脈硬化を抑制していた事実の説明がJMIC-B MI studyで可能になった。心筋梗塞の既往歴のない患者群ではCCB、ACE-Iのどちらで治療しても入院を要する狭心症の発症率には差がなかったが、一方、心筋梗塞の既往歴を有する患者はACE-Iによる治療ではCCBに較べ有意に狭心症の発症が多くみられた。これを裏付けるために3年前後の冠動脈造影をAHA基準、QCA法で解析してみると、心筋梗塞の既往歴のある患者では、既存病変の進展、新規病変の出現でCCB群がACE-I群にくらべ有意に少なかった。この事は心筋梗塞の既往歴のある患者では冠動脈硬化の進展にスパズムが深く関与している事を示すものである ( J of Hypertens 25, 2019-2026, 2007)。現在、JMIC-B QLV (remodeling) studyでは降圧により正常または正常に近い左心室容積はさらに小さくなり虚血部位の壁運動はよくなり心機能はさらに改善するreverse remodelingが見られた。従来、reverse remodelingは拡大した心筋梗塞、心不全の心臓でしか起きないと考えられていたのが正常に近い左心室の容積の高血圧心でも証明され、これは降圧による心事故(心不全)の減少のメカニズムの解明と考えられる。降圧による心肥大の減少、拡張機能障害の改善に続き、高血圧心筋障害の3大テーマの一つである左室容積の縮小がレニンアンギオテンシン系阻害薬とCCBで有意差がないことが証明されたことになる。CKD(chronic kidney disease、JMIC-B CKD)と心臓血管障害についても冠動脈造影像と左室造影像を検討しているがestimated GFRが50未満で50以上に比べて心筋梗塞と拡張不全が有意に増加する(60前後では差がない)がそのメカニズムを何か生理活性物質で説明できないか検討中である。
4.JMIC-M study
抗血小板剤のtrapidilの心臓血管事故の減少効果を検討した試験である。3年間で有意に減少した(Am J Cardiol 92, 789-793, 2003)
5.JMIC-J study (1-4)
今、もっとも力を入れているのがJMIC-Jである。これは、世界的な循環器病学の中心テーマであるADHF(急性非代償性心不全)の疫学調査と治療法の確立である。この中には拡張障害の研究も含まれ非常にホットな領域である。
今後も引き続き日本人の心臓血管病のEvidenceを蓄積して行きたいと考えている。
基礎研究
1.PTCA後の平滑筋の再増殖(再狭窄)において平滑筋繊維の方向が不揃いになっていることから血管内皮細胞から血管平滑筋細胞に何か増殖因子が出てこの現象を引き起こしている可能性を検討した。実際、内皮細胞が培養平滑筋細胞を不揃いな形で増殖させる現象を見つけ、大量培養し精製した。その因子はTFPI-2 (tissue factor pathway inhibitor 2)という今まで機能が不明のpeptideであった。TFPIは内皮細胞で作られる有名な外因性凝固系の阻害因子である。knock-out等をやってみたいと考えている (J Biol Chem 274, 5379-5384, 1999)。
2.プロスタサイクリンは非常に不安定であるがその安定化因子が血清にあると報告されていたが不明だったので血清から精製し構造を決め抗動脈硬化作用をもつHDLのアポ蛋白のApo AIであることを明らかにした ( J Clin Invest 82, 803-807, 1988)。さらに急性心筋梗塞、不安定狭心症の急性期においてこの安定化因子活性が低下し血栓傾向になることが明らかになった(Circulation 81, 1784-1791, 1990)。次にHDLがプロスタサイクリンを安定化させることによりプロスタサイクリンによる組織のcholesteryl ester分解作用を増強し末梢組織から肝臓へのcholesterolの転送を増強していることを明らかにした( J Clin Invest 86, 1885-1891, 1990)。最近、動脈硬化におけるHDLと血栓傾向が注目を集めているのでアイソトープを使わない簡便な安定化因子測定方法を検討中である。
3.NOの合成酵素はCa(-Calmodulin)の要求性によりもともと存在する構成型酵素と炎症などにより誘導される誘導型酵素に2分類されると提唱し後に遺伝子解析からやはり別の遺伝子であることが明らかになり、これにより分類が明確になり、後のこの分野の発展に役立った (J Biol Chem 266, 3369-3371, 1991, J Biol Chem 266, 12544-12547, 1991)。また。神経型の酵素が心筋梗塞後の脈拍を制御、抑制していることを明らかにした。心筋梗塞急性期、右冠動脈閉塞時SA node, AV nodeへの血流低下で脈拍が低下するのは当然の結果であるが、左冠動脈閉塞時も脈拍が低下することがあり原因がよくわからなかった、その原因の一つに神経型NOS(nNOS)の発現によることを明らかにした (Circulation 105, 490-496, 2002)。他NOSの遺伝子cloning, monoclonal 抗体を使った研究等を行った。さらに、LDL cholesterolの構成成分のlysophosphatidylcholine (LPC)はEDRF (NO)を抑制して血管収縮するが、NO以外の未知の血管拡張因子EDHFもLPCで抑制制御されていることを明らかにした (Circulation 92, 3520-3526, 1995)。世界中で追い求めているEDHFの本体の研究は夢があると考えられる。
(最後に、最近問題がありすぎるImpact Factorにかわり業績評価に論文の被引用回数が用いられるようになってきています。一般的に100回以上が非常にいい論文でありほとんど一桁のが多いといわれています。私の論文でも未知のプロスタサイクリン安定化因子を同定した論文(J Clin Invest 1988, 82, 803)とかNO合成酵素の精製同定(JBC 1991,266,12544), その分類(JBC 1991, 266, 3369)などはいい論文と自分でも思いますが確かに112, 212, 177と被引用回数が多いのも事実です。臨床の論文では上記のプロスタサイクリンの心不全への応用が77回でJMIC-Bが42回です。ほぼ、自分の印象と一致しています。今後はこれが主流になると思います。)